【書評】ピース又吉の火花
言わずもがな、お笑い芸人のピース又吉の芥川賞受賞作。Kindle版が安くなったタイミングがあったので買って読んでみました。Amazonのレビューを見ると5つ星も多いが1つ星も多い、賛否両論あるようで、その点からも個人的には良い作品のように思えます。
以下、書評というか読書感想。
主人公のお笑い芸人、徳永と先輩芸人の神谷の物語。主人公の視点で話が進んでいく。ストーリーはわかりやすく、際立った面白さはないが、作家・小説家という人達は凄いなと、言葉の表現の力というのは凄いなと改めて感じた作品である。
主人公の心理描写と主人公視点で先輩である神谷の心情を想像している描写であったり、主人公と神谷との会話の描写であったり、そこで紡がれている言葉には圧倒的な表現力がある。少なくとも僕にはこのような言葉の表現はできない、否定する人も多いのだろうけどさすがにプロレベルなのだと感じました。
さて、本作品のテーマでもある「お笑い芸人」とはこれほど色んなことを考えているのだろうか?これほどまでに真剣にお笑いのことを考えているのかと考えると胸が苦しくなる感じがします、なぜか切ない。「笑い」を産み出す為に、日常生活の流れに逆行するような思考を常にし続けなければいけないのだろうかと思うと気が休まる暇がない。常に修行をしている人達のような錯覚を覚えます。錯覚ではなく現実にそうなのかはお笑い芸人にしかわかりませんが。
神谷さんは「いないいないばあ」を知らないのだ。神谷さんは、赤児相手でも全力で自分の笑わせ方を行使するのだ。(中略)「いないいないばあ」を知った僕は、「いないいないばあ」を全力でやるしかない。それすらも問答無用で否定する神谷さんは尊い。でも、悔しくて悔しくて、憎くて憎くて仕方がない。
神谷のような人物が実在するのでしょうか?いや恐らくいないでしょう。
いたとしたら僕は恐ろしい。決して到達することのできない閾値を振り切った存在として、自分の笑いの理想像を具現化した人物として表現したのでしょうか。「到達できない」というのは、現実世界に生きる人間として「できない」ことでもあるし、「しない」という選択でもある。主人公は後者であり、世の中の99.9%は同じ後者だと思う。それのどちらが正しいとか優れているとかいうものではなく、自分はそうできなかった、しなかったという存在に恐怖したり憧れたり軽蔑したり、自分の方が優れていると思ったり、色んな矛盾する感情が渦巻いてしまう。
「お笑い」という世界の厳しさも本作から感じることもできますが、その部分ではなく主人公の会話や心情描写の言葉の表現を気にして読んでみると楽しめると思います。