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【映画視聴】アメリカンスナイパーを視た。

 

アメリカン・スナイパー(字幕版)

アメリカン・スナイパー(字幕版)

 
 米軍史上最多、160人を狙撃したひとりの優しい父親。観る者の心を撃ち抜く、衝撃の実話。 国を愛し、家族を愛し、戦場を愛した男――。描かれるのは伝説のスナイパー、クリス・カイルの半生。

何て言うのだろう?想像できた内容ではあるが、同じ時代に生きる人間として考えさせられるポイントが幾つもある映画のような気がした。

有事(戦争行為)において、敵国の人間を殺害するということ。それには大義名分というか、自分自身を納得させる理由がないとできない。自国や自分の大切な人達を守る為である。しかし頭では無理矢理自分を納得させていたとしても、人間の心はやはりそのようにはできていないのだ。それはPTSD(心の傷)となって自分を襲う。まともな人間であれば他の人間を殺害することを普通にできるわけがない、160人もの人間を狙撃し、英雄扱いされることに主人公を何を感じていたのだろう。徐々に心が壊れていく、それに抗う為にどういう心理武装をせねば無かったのだろうか。平和ボケしている日本で暮らしている自分には想像することすらできない。

戦争は無くならないということ。この現実を痛感する。大きな理由とは、利益の追求なのか、覇権争いなのか、宗教的価値観の違いからくるものなのか、様々な意見があるだろうが、結論としてはよくわからない。複数の複雑な要因が絡み合っているのだろう、あたかもそれが人間の本質かとも言わんばかりの複雑さだ。米国視点の映画なので、米国の人間に心理的に同情が集まるような描写になってはいるが、真実はどうなのかはわからない。敵国側の人間にとっても同様の大義はあるのかもしれないし、ないのかもしれない。自分自身の正義に従うしかないのだが、人間は全知全能の神ではないし、自分自身に集まる情報、知識、経験のみで構築された人格・正義で判断しなければならないのだ。容易ではない。そうなのであれば、戦争行為の中に「殺人」という行為は含めてはいけないのだと思う。「やられたらやり返す」の中に、「殺人」は決して含めてはならない。誰かがその連鎖を止めないと永遠に戦争は無くならない。しかしながら人間はその複雑さ故に、そういった論理的行動のみを取ることができない。。。

一方、日本国は永久に戦争行為を放棄すると決めているが、自らが手を汚したくないだけではないかという心情にもなる。 世界には自らの意思に関わらず、戦争行為をしなければならない、という言い方は正しくないのかもしれないが、、、戦争行為をしている人達が現実にいるのだ。戦争行為を肯定するわけでは決してないが、安易に戦争行為を否定し、議論する余地もなく戦争を放棄するという名目のもと、世界の戦争行為から目を背けるのは如何なものか?とも、この映画を視終えると感じてしまう。

じゃあどうしろと?言われても答えはない。。。基本的には戦争行為には関わりたくはないし、巻き込まれたくもない。だが、一方向からの情報を鵜呑みにして自分自身の思考をコントロールされるのは避けたい。それには自らの人格を向上させる取り組みなり、多面的な情報から物事を判断、思考する習慣付けなり、真っ当な人間であるには?という問いを自らに対して常に行い続ける、遠回りではあるし、その意味があるのかどうかは不明だが、自分自身にはそれくらいしかできることはないのだ。